前と同じように使えている。
大きなトラブルが起きているわけでもない。
それなのに、いざ判断しようとすると、なぜか手が止まってしまう状態が続くことがある。
壊れているかどうかが分からない、というより、
どこを基準に考えたらいいのかが分からない、という感覚に近い。
使用年数を思い出してみたり、気になっている点を一つずつ挙げてみたりしても、
それが「決める理由」にはなりきらない。
材料はそれなりにそろっているはずなのに、
真ん中になる基準が見つからないまま残る。
こうなると、
「修理するか、買い替えるか」という選択そのものが、
うまく噛み合わなくなってくる。
比べられる前例が見当たらない。
周りの人の基準も、そのまま当てはめる気になれない。
似たような話を探してみても、
「これだ」と思えるものにはなかなか出会えない。
前より少し違う気はする。
でも生活は止まっていない。
急いで決めなければいけない感じもなく、
先送りしても今のところ大きな支障は出ていない。
こうした条件が重なると、
判断は「迷っている」というより、
置き場をなくしたまま宙に浮いているような状態になる。
外に分かりやすい基準がないと、
判断は頭の中を行ったり来たりしやすくなる。
何をもって「決めた」と言えるのかが定まらず、
決めたあとに後悔しないかどうか、という想像だけが先に出てくる。
それでも、
今の使い方がすぐに行き詰まるわけではない。
困らない時間が続くことで、
「今じゃなくてもいいのかもしれない」という感覚が強くなっていく。
この状態で止まっているのは、
決断力が足りないからでも、
迷いすぎているからでもない。
基準が見つからない状況が、
そのまま続いているだけ、と考えることもできる。
判断を保留したままでも、
日常は一応進んでいく。
その流れの中で、
判断は自然と後回しになりやすい状態が保たれていく。
